大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)222号 判決

三重県安芸郡安濃村大宇戸嶋八三八番地

控訴人

高士実

津市下部田三八の一番地津税務署内

被控訴人

津税務署長 安田秀雄

右指定代理人

林倫正

腰越忠

内山正信

伊藤光治郎

福田隆映

右当事者間の昭和三四年(ネ)第二二二号所得税課税決定取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のように判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三〇年七月二九日控訴人に対してなした控訴人の昭和二六年度分所得税の総所得金額を金七四万一五九〇円と更正した決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用および書証の認否は、左記のように附加又は訂正する外、原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、控訴人は、昭和二三年中訴外宮路忠男に対し安芸郡(当時は安濃郡)河内村大字池之谷三三二五番山林一町一反七畝二五歩に生立する立木を売却したが、昭和二六年三月三〇日これを同人から代金一〇〇万円で買戻し、翌三一日これを訴外白井俊雄に右と同金額で売渡した(同人は更にこれを訴外松谷伊兵衛に転売した)。したがつて、控訴人は右立木売買によつてなんら利得をしたものでなく、所得税を課せられる謂われはないのである。従来、控訴人が右立木の生立する山林を、同村大字宝波二五五九番山林一町六反六畝一七歩と陳述したのは誤りであるから、右のように訂正する。

一、控訴人は、大正六年から約一〇年間津税務署に係長として在勤したことがある。

(被控訴代理人の主張)

一、控訴人が訴外松谷伊兵衛に売却した立木は、安芸郡河内村大字池之谷三三二五番山林一町一反七畝二五歩に生するものである。この点被控訴人が原審において主張したところは誤りであるから訂正する。

一、控訴人は原審において、本件立木を訴外白井俊雄に代金一〇〇万円で売却したが、同人から未だ代金の支払を受けていないから課税の対象とならぬと主張した上、仮りに課税の対象となるとすれば、被控訴人の主張する所得額の計算関係はこれを認めると述べた。そして当審においても、最初のうちは右のように陳述していたが、途中急に主張を変更し、右立木は訴外宮路忠男から、代金一〇〇万円で買受けたものであり、これをその儘同金額で訴外白井俊雄に売却したものであるから、控訴人はその間なんらの利得をしておらず、課税の対象となる所得は全然存しないと主張するに至つた。右は、控訴人が原審においてなした自白を撤回するものであつて、被控訴人はこれに対し異議がある。

一、本件池之谷三三二五番の山林は、控訴人が財産税調査の時期たる昭和二一年三月三日以前において取得し、じ後引続き控訴人の所有に属するものであり、したがつて、右山林に生立する立木も終始控訴人の所有であると認むべきである。控訴人は、右立木を一旦訴外宮路に売却した上昭和二六年三月三〇日これを同人より買戻したと主張するが、右はとうてい是認し得ないところである。

一、控訴人が、その主張するように本件立木を訴外宮路から代金一〇〇万円で買受け、これを同金額で白井又は松谷に売却したものとすれば、その間山林所得なく課税の対象とならぬことは明々白々であつて、このことは、税務上の知識に通ぎようした控訴人の知らぬ筈のないところである。(控訴人が津税務署に一〇年間係長として在勤した事実は控訴人の自認するとおりである)。しかるに、本件更正決定に対する再調査の請求、審査の請求及び第一審訴訟手続中少しも右の事実を主張しなかつたことは、控訴人の主張が明らかに虚偽であることを物語るものである。

一、本件立木の所在する場所は、池之谷山林三三二五番であること前述のとおりであるから、その所得税の課税基準は次のようになる。被控訴人はさきに本件所得税の更正決定をなすに当り、山林所得計算に関する取得価額(再評価額)を一町六反六畝の面積で計算したため、その金額は三一万一二五〇円となつたが、もし一町一反七畝として計算すれば金二一万九三七五円となるべく、従つて控訴人の所得金額は七八万〇六二五円である。そして、これに当事者間争のない農業所得を加えれば、控訴人の総所得額は金八三万三五一五円とり、被控訴人の更正した金七四万一五九〇円を上廻る数額となる。すなわち、本件立木の所在場所を池之谷山林三三二五番一町一反七畝二五歩と訂正しても、被控訴人のなした更正決定は少しも違法でないのである。

なお、仮りに控訴人主張のように、控訴人が本件立木を昭和二六年三月三〇日訴外宮路より買受け、これを翌日訴外松谷に売却したものとし、その場合における所得金額を考えると、譲渡人たる宮路忠男の証言から観察すれば、控訴人の取得価額は金一〇〇万円ではなく金五五万円であるといわざるを得ず、一方、右売買により控訴人の収得すべきものは、代金額一〇〇万円の外に損害金一〇万円を加えた金一一〇万円であることが明らかであるから、これによつて当該年度における所得金額を計算すると、本件立木譲渡による控訴人の所得は金五五万円となる。これに争のない控訴人の農業所得五万二八九〇円を加算すると、その総所得金額は六〇万二八九〇円であり、これに対する所得税額は金一九万一四〇〇円となる。したがつて、被控訴人がさきに更正決定した所得税額は金一五万四三〇〇円であり、右の金額の範囲内であるからこれまた適法な課税処分と称せねばならない。すなわち、以上いずれにしても控訴人の主張は失当であつて、承認できないところである。

(双方の新立証)

控訴人は、甲第一四ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一ないし第二三号証(第二三号証は写にて)を提出し、証人白井俊雄、同宮路忠男、同落合清七の各尋問を求め、乙号各証の成立を認めた。

被控訴代理人は、乙第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一六号証を提出し、甲第一四、第一五号証、第二〇号証の三、第二二号証の各成立を認め、甲第二〇号証の二は検察庁の封筒であることは認めるが、右封筒の中に甲第二〇号証の一が入つていたかどうかは知らないと述べ、その余の甲号各証の成立(第二三号証についてはその原本の存在も)を不知と答えた。

理由

控訴人が昭和二七年二月二九日昭和二六年度分所得税確定申告をなすに際し、被控訴人に対し総所得金額を農業所得のみの金五万二八九〇円として申告したところ、被控訴人は、昭和三〇年七月二九日右総所得金額を右農業所得に山林所得金六八万八七〇〇円を加えた金七四万一五九〇円に更正する旨決定し、その頃控訴人に対しこれを通知したこと、そこで、控訴人は同年八月一八日被控訴人に対し再調査の請求をしたが、被控訴人は同年一一月一七日右請求を棄却し、その頃これを控訴人に通知したこと、そこで更に、控訴人は同年一二月一二日名古屋国税局長に対し審査の請求をしたが、名古屋国税局長も昭和三三年一月一〇日右請求を棄却し、その頃これを控訴人に通知したこと、以上は当事者間に争のないところである。

ところで控訴人は、控訴人については昭和二六年度において右のような山林所得がなかつたから、右の所得ありとしてなされた本件更正決定は違法であると主張するので、以下この点について考察する。控訴人が、昭和二六年三月その所有にかかる三重県安芸郡(当時は安濃郡、以下同じ)河内村大字池之谷三三二五番山林一町一反七畝二五歩に生立する立木を、そのうち控訴人の指定する用材となるべき立木五〇本を除き代金一〇〇万円にて他へ売却したことは、当事者間に争のないところである。控訴人は、右立木売買における買主は、右控訴人主張のように訴外松谷伊兵衛ではなく訴外白井俊雄であると主張するが、その買主が右訴外人等のうちの何人であるとしても、控訴人は右両名のうちのいずれかに対して、売買代金一〇〇万円の債権を取得したことに変りはない訳である。そして、所得税法は一般に財産上の損益の帰属関係を定めるに当り、いわゆる債権発生主義を採用しているから、控訴人が右のような立木の売買代金債権を取得した以上、控訴人は昭和二六年度において右の山林所得があつたとみるべきである、しかして、債権発生主義の原則のもとにおいて、所得額算定の際に計上し得る損失ありというためには、当該年度内に債権の取立不能又は放棄の事実が確定し、従つて、所得税確定申告当時右債権の無価値であることが確定していなければならぬと解すべきところ、本件において、右売買代金債権に関し昭和二六年度内に右のような事実が確定したと認むべき証拠は何もないから、右所得について計上すべき損失も亦存しないと考えねばならない。のみならず、成立に争のない甲第一号証、同第四号証の二、三、同第七号証、乙第一ないし第七号証、同第九号証を総合すると、控訴人が右立木売買をなすに至つた事情及びその代金の決済関係等について次の事実が認め得られる。すなわち、控訴人はかねて訴外白井俊雄から、同人が請負つた国立津病院の改修工事の運転資金の融通を頼まれていたので、昭和二六年三月一四日同人から、担保として同人の国に対する請負代金債権の譲渡を受けた上、同人に対して控訴人所有の前記立木の処分を委ね、右処分代金をもつて同人の運転資金に充てさせることにした。ところが、白井は右立木の適当な買主を物色することができなかつたため、改めて控訴人において適当な買主を見つけ右立木を売却してその代金を白井に融通することとなり、控訴人は昭和二六年三月三〇日訴外松谷伊兵衛に対し右立木を代金一〇〇万円で売渡した。そして右松谷は控訴人に対し、(1)同月三一日右買受代金の内金として金三〇万円を支払い、(2)当時松谷は白井に対し金二〇万円の木材代金債権を有していたので、右債権を控訴人の白井に対する前記融資額の一部に充てることにし、同日右債権と本件売買代金債権とを右金二〇万円の限度で相段し、(3)同日控訴人と松谷との話合いにより、控訴人から白井に対し本件売買代金の受領権限を与えたので、松谷は白井に対し同年四月二八日金二万円、同年六月一日金一万五〇〇〇円、同月五日金一二万円をそれぞれ支払い、(4)なお、その後控訴人と松谷との間の話合いで、控訴人が訴外堀内米蔵に対し支払うべき金三〇万円の債務を松谷が引受け、松谷が控訴人に代つて右債務を弁済したので、その求償権と本件売買代金債権とを右金三〇万円の限度で相殺し、よつて、以上合計金九万五〇〇〇円の範囲において本件売買代金の決済を了じた。しかして控訴人は、更に昭和二七年中松谷を相手どつて津地方裁判所に右売買残代金の請求訴訟を提起し昭和二八年七月六日本件売買代金残額四万五〇〇〇円について勝訴判決を得、右判決は確定した。甲第二、第三号証、第六号証の一ないし三、第八号証、第一一ないし第一三号証はいずれも右認定に反するものでなく、又、同第九、第一〇号証によつては右認定をくつがえすに足らず、他に右認定を左右すべき証拠はない。そうとすると、本件立木の買主は訴外松谷伊兵衛であり、その売買代金のうち金九五万五〇〇〇円までが決済せられ、残額金四万五〇〇〇円についても、控訴人は松谷に対し右の支払を命ずる確定判決を有し、しかも右判決にもとずく強制執行が不能に終つたと認むべき証拠も存しないから、控訴人は昭和二六年度中右立木売買による所得があつたと解することができる。

次に控訴人の主張によれば、本件売買の目的となつた立木はもと控訴人の所有に属していたが、昭和二三年中これを訴外宮路忠勇に売却し(売買代金二〇万円)、その後昭和二六年三月三〇日これを同人から代金一〇〇万円で買戻し、翌三一日更に訴外白井に対し同金額で売渡したものであり、控訴人に山林所得はないから、所得税の賦課を受ける筈はないという故、以下この点を検討してみる。

当審証人宮路忠男、同落合清七の各証言、同人等の証言によつて真実に成立したと認められる甲第一六ないし第二〇号証の一には、それぞれ控訴人の右主張に符合する如き内容の供述又は記載があり、一見控訴人の主張を肯認せしめる如き感がないでないが、右各証拠は後記の諸事由に徴してにわかに措信しがたい。すなわち、(一)控訴人の右主張は、控訴人が当審の第六回口頭弁論期日(昭和三五年一二月一九日)において始めて主張したものであり、それ以前第一審訴訟手続中においては勿論、本件更正決定に対する再調査の請求及び審査の請求のいずれの段階においても、右の如き事実の主張はなされなかつたのであつて(この点は控訴人の明らかに争わぬところである)、このような所得税の課税基準に重大な影響を及ぼすべき事項を、控訴審の途中に至るまで全然主張しなかつたことは、控訴人が大正六年より約一〇年間津税務署に係長として在勤した経歴を有し(この事実は当事者間に争のなきところである)。税法上の知識経験において一般人より遙かに勝れていると認められることと考え合せて、該主張の真実性を疑わしめるに充分といわねばならぬ。(二)又、成立に争のない乙第七号証によれば、控訴人が本件立木を訴外松谷に対し売却した際作成せられた売買契約書中に、立木売却代金は一〇〇万円なるも税金のことを考慮し副本に金二〇万円と記載しおく旨注意書がなされているが、若し控訴人主張の如く、控訴人において本件立木売買により山林所得なく、所得税を賦課せられるおそれがないとすれば、右のように代金額の記入について意を用いる必要なく、前示契約書中に注意書のなされていることは理解できないところである。(三)なお、控訴人が原審において被控訴人の主張に対し、訴外白井に対する本件立木の売却によつて控訴人に所得があり所得税が課せられるとすれば、右の所得額の計算関係については被控訴人の主張を認める旨述べ、消極的ながら右以外に課税免除の事由のないことを承認していることは、原審の口頭弁論調書の記載によつて明らかである。よつて、以上の諸事実と、成立に争のない乙第一三、第一四号証の記載の一部及び弁論の全趣旨を彼此総合して考えると、控訴人の前掲主張はとうてい首肯しがたく、他に控訴人提出援用の全証拠によつても右主張事実を肯認するに足らない。

なお控訴人は、本件更正決定は昭和二六年度分所得確定申告書の提出期限から三年を経過した日以後になされたものであり、この点においても違法を免れぬと主張するので、その当否について考えてみる。

控訴人は、昭和二六年度において農業所得の外に前記のような山林所得があつたのであるから、その確定申告をなすに当り農業所得のみを申告し山林所得を秘匿したことは、単なる無申告と目すべきでなく、全体として虚偽の過少申告に該当すると認むべきである。更に、原審証人土見保の証言によれば、控訴人は昭和二六年度確定申告書提出期限から三年を経過する以前である昭和三〇年一月二二日、被控訴人から前示山林について申告をなすべき旨の指導を受けながら、これに応じなかつたことが窺い得るから、控訴人の叙上の所為は、詐偽その他の不正行為によつて所得税を免れる行為をなした場合にあたると考うべきである。従つて、所得税法第四六条の二第一項但書の趣旨にもとづき、控訴人の昭和二六年度分所得税確定申告に対する更正については、三年の更正期間の制限は存しないから、本件更正決定は右の点についても違法のかしなく、控訴人の主張は失当と評せねばならない。

ところで成立に争のない乙第一五及び第一六号証の記載によると、本件山林立木の再評価額(取得価額)は金二一万九三七五円(一町歩につき金一八万七五〇〇円の割合)であり、右山林立木を代金一〇〇万円で他に売却した場合における山林所得は金七八万〇六二五円となること、及び、これに控訴人の前示農業所得金五万二八九〇円(右については当事者間に争がない)を加算し、更にこれより扶養控除額三万四〇〇〇円並に基礎控除額三万八〇〇〇円を差引いた残額金七六万一五〇〇円(一〇〇円未満切捨)が、控訴人に対する所得税賦課のための総所得額であることが明らかである。従つて、右の金額の範囲内である金七四万一五九〇円をもつて控訴人の昭和二六年度における所得となし、これによつて本件更正決定を施した被控訴人の処置は結局正当というべきである。

よつて、本件更正決定は少しも違法でなく、これが取消を求める控訴人の本訴請求は失当であつて採用しがたいから、これを排斥する外なく、右と同趣旨に出た原判決は相当で、本件控訴は理由がない故これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例